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マエストランサ闘牛場(Maestranza, Seville)

歴史 かつてセビリアのバラティージョ丘には長方形の闘牛場があったが、1749年にはその闘牛場を置き換えるべく円形の闘牛場の建設が開始された。1765年には闘牛場内部のファサードが完成した。1786年にはカルロス3世が闘牛を禁じたが、この際にはまだアリーナは3分の1しか完成していなかった。アリーナは1881年にようやく完成した。

サン・アントン教会(Church of Saint Anthony the Great)

歴史 1300年、ディエゴ・ロペス・デ・アロ5世はビルバオを建設して特権を与えた。1334年にはカスティーリャ王アルフォンソ11世が要塞と城壁の建設を命じ、洪水に対する堤防のように使用された。この城壁は発掘調査によって2002年に発見されている。

カサ・ビセンス(Casa Vicens)

概要 1883年から1885年または1889年にかけて建設され、バルセロナのグラシア地区に現存している。このガウディの初期作品の外観はムデハル様式の影響を受けている。

ティッセン=ボルネミッサ美術館(Thyssen-Bornemisza Museum)

コレクション 古典絵画は主に父親のティッセン=ボルネミッサ男爵によって収集されたもので、息子のティッセン=ボルネミッサ男爵は19世紀・20世紀の作品を多く買い集めた。そのため、この美術館では古典から現代絵画までヨーロッパ美術の流れを見ることが出来る。

シャニワール・ワーダー(Shaniwar Wada)

歴史 1730年1月10日、マラーター王国の宰相であったバージー・ラーオはプネーに自身の宮殿の造営を開始した。この日は土曜日、つまり「シャニワール」であったので、「シャニワール・ワーダー」と呼ばれるようになった。

ネタージ・バワン(Netaji Bhawan)

概要 ネタージことスバス・チャンドラー・ボースが1941年にベルリンに向け密かに脱出・亡命するまで英国当局により軟禁されていた旧宅を記念館にしたもので、ボースゆかりの品々が展示されている。日本と関係が深い自由インド仮政府やインド国民軍についての資料も多い。なお当館は、ボースは事故死せず失踪したという説に立っている。

カパーリーシュヴァラル寺院(Kapaleeshwarar Temple)

概要 チェンナイ市内を走っていると、至る所にゴープラムと呼ばれる台形の建物を見かける。ヒンドゥー教の神話に由来するさまざまなテーマを基にしたレリーフが、精巧に彫られているカラフルな建築物だ。

ムンバイのヴィクトリアン・ゴシックとアール・デコの遺産群(Victorian Gothic and Art Deco Ensembles of Mumbai)

概要 ビクトリア朝ゴシック様式の建物とアールデコ様式のこれらの建物は、かつてエスプラネードとして知られていた大きなレクリエーションの場であるオーバルマイダン周辺にある。楕円形の東側にはビクトリア朝ゴシック様式の公共の建物があり、西側にはバックベイ再生とマリンドライブのアールデコ様式の建物がある。合計94の建物を保護することを目的としている。

国立博物館(National Museum of India)

主な展示物~ヒンドゥー教関連~ インドはヒンドゥー教の本場であるため、関連の神像の展示は非常に充実している。5世紀頃栄えたグプタ朝時代に作られた素焼きの像やその流れをうけた神像群、9世紀から13世紀にかけて南インドに覇を唱えたチョーラ朝の青銅製の神像、各地各年代で制作された石造の神像や寺院の装飾など、力強く躍動感溢れる秀逸な神像が多数展示されている。

マルトラーナ教会(Church of Santa Maria dell'Ammiraglio)

概要 1193年から1194年、教会に隣接する地所にベネディクト会派の女子修道院がつくられた。アルフォンソ5世治世の1433年から1434年、この修道院はマルトラーナ教会に吸収された。それ以来、一般的にはマルトラーナ教会の名で知られている。16世紀から18世紀、修道女たちは教会の広範囲の修正を行い、構造と内部装飾を大きく変えた。

ヴェッキオ城(Castelvecchio, Verona)

概要 城からアディジェ川に向って、スカリジェロ橋がかかる。橋は、白い石で基礎とアーチが、他の部分は赤いレンガで作られた3重橋。第二次世界大戦中に退却するドイツ軍により爆破されてしまった。しかし戦後、石を拾い集めて復元された。

ボローニャ大学(University of Bologna)

現在の施設~拠点~ 現在ではエミリア=ロマーニャ各地の拠点に23の学部があり、10万人を超える学生が所属する。

ジェノヴァのレ・ストラーデ・ヌオーヴェとパラッツィ・デイ・ロッリ制度(Via Giuseppe Garibaldi, Genoa)

ガリバルディ通り かつてはストラーダ・ヌオーヴァと呼ばれたが、1882年にイタリア統一に功があったジュゼッペ・ガリバルディにあやかって改称された。

ピサ空港(Pisa International Airport)

概要 ピサ出身の天文学者ガリレオ・ガリレイの名を冠したガリレオ・ガリレイ国際空港という愛称を持つ。

サヴォイア王家の王宮群(Residence of the Royal House of Savoy)

概要 トリノ市中心部のカステッロ広場に面する王宮とその庭園をはじめ、当時政治を行った建物や王家の居所、狩猟要の建物等市内外に点在する建造物を含む。

バルジェロ美術館(Bargello)

美術館 この美術館にはミケランジェロの名作とされているバッカス像、聖母子像、ブルトゥス像、ダヴィデ=アポロン像などが収蔵されている。

カポディモンテ美術館(Museo di Capodimonte)

沿革 1799年にパルテノペア共和国が建国され、シチリア王フェルディナンド1世は貴重なコレクションと共にパレルモに逃亡する。その後、フランスに占領されていた1806年から1815年の間にナポリ国立考古学博物館にそのコレクションが移された。

サンタンブロージョ教会(Basilica of Sant'Ambrogio)

建築~外観~ 聖堂の中ほどには11世紀の改築で付け加えられた八角形の外見を持つ丸天井が突出している。その各辺は2層のギャラリーで縁取られており、その上、軒下には小さな交差アーチによる装飾が施されている。東端の後陣外周の上部もロンバルディア帯ではなくギャラリーで縁取られている。

サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂(Santa Maria Gloriosa dei Frari)

概要 1250年、フランチェスコ会は教会を建てるべく土地を譲渡された。しかし建物は1338年まで完成しなかった。完成後ほとんどすぐに、より大きな後継者である現在の教会が1世紀で建てられた。鐘楼は、1396年に完成したサン・マルコ寺院の次にヴェネツィアで2番目に高い。

コンスタンティヌスの凱旋門(Arch of Constantine)

構造~マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝時代の浮彫~ 凱旋門両正面の左右の小さな通路の上のフリーズ部分に掲げられている4対8枚の浮彫は、マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝に献じられた未知のモニュメントから移設されたもので、マルコマンニ戦争の場面を描いたものである。