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6月, 2025の投稿を表示しています

モンペリエ大学(University of Montpellier)

概要 フランスの大学としては屈指の歴史を誇り、特に医学部はヨーロッパ最古の歴史、法学部も長大な歴史を有する。

スタッド・ヴェロドローム(Stade Velodrome)

概要 命名権が使えない国際大会では「Stade de Marseille」と呼ぶ。

ストラスブール美術館(Musee des Beaux-Arts de Strasbourg)

概要 ストラスブールには1801年に設立された最初の美術館があったが、1870年8月24日にそのコレクションはすべて破壊された。これは普仏戦争のエピソードであり、ストラスブール包囲戦の激しい砲撃の結果であった。新しい美術館は1889年に設立され、1890年12月13日に開館した。館長は、ベルリンの帝国博物館の館長でもあったヴィルヘルム・フォン・ボーデだった。ボーデはヨーロッパ中のコレクターや美術商とのコネクションを生かし、ストラスブールのためにイタリア、オランダ、フランドルの画家たちの貴重なコレクションを集めた。彼はフランス人画家を軽視していたが、後に後継者たちを彼の残したギャップを埋めた。

オルレアン大学(University of Orleans)

歴史~創立からフランス革命期まで~ 中世には、民法やローマ法の研究で知られるようになり、ローマ法大全が後期註釈学派によって教えられていた。当時、ホノリウス3世の勅令によってパリではローマ法を教えることが禁じられており、オルレアンは比較的パリに近いことから、ローマ法を学ぶ学生がパリから訪れていた。一方で、オルレアン大学は法律を専門としていたため、リベラルアーツに関する学部を持たなかった。

オルセー美術館(Musee d'Orsay)

概要 オルセーでは、印象派やポスト印象派など19世紀末パリの前衛芸術のコレクションが世界的に有名だが、19世紀の主流派美術で後に忘却されたアカデミズム絵画を多数収蔵・展覧し、その再評価につなげていることもこの美術館の重要な活動の側面である。

ピエトラ橋(Ponte Pietra, Verona)

概要 この場所に橋が架けられたのは紀元前1世紀のことで、当初は木造橋であったが後に石橋に架け替えられた。現在見られる橋の構造物のうち、左岸側の一部が古代ローマ時代に造られたものである。右岸側はAlberto I della Scalaによって1298年に再建されたもので、中央部分の2スパンは1520年に再建されたものである。第二次世界大戦時に大部分が崩落したが、石材を全て再使用して1957年に復元された。

ピサ大学(University of Pisa)

歴史 初期の講義科目は神学、民法、教会法や医学であった。1355年にはダンテの神曲の有名な解説者フランチェスコ・ダ・ブーティが'Studium'で教え始めた。

ガリレオ博物館(Museo Galileo)

概要 ガリレオ・ガリレイの右手中指が所蔵されている。1737年3月12日、ガリレオの遺体を改葬した際に保存されたものである。

ボローニャ中央駅(Bologna Centrale railway station)

概要 イタリアの交通の要所であるボローニャ市の中央駅で、フェッロヴィーエ・デッロ・スタート傘下のトレニタリアの主要駅の1つとみなされている。

ジェノヴァ港(Port of Genoa)

灯台 港内には2つの大きな灯台がある。高さ76メートルの歴史的なジェノヴァ灯台と、港の東端に位置する小さなプンタ・ヴァグノ灯台である。

ポンペイ(Pompeii)

歴史~ローマ期~ 紀元前89年、ルキウス・コルネリウス・スッラによって町は征服されたポンペイは周辺のカンパニア諸都市とともにローマの植民都市となった。ローマの支配下に入った後のポンペイの正式名は「Colonia Cornelia Veneria Pompeianorum」となった。ポンペイは港に届いたローマへの荷物を近くのアッピア街道に運ぶための重要な拠点となり、以後は商業都市として栄えた。

国立映画博物館(National Museum of Cinema)

概要 創立者の名を取ったマリア・アドリアーナ・プローロ財団によって運営されている。

聖ジョルジオ・デイ・グレーチ大聖堂(San Giorgio dei Greci)

概要 建設にはヴェネツィア軍に仕えていたギリシャ人兵士達と、ヴェネツィアに住んでいたギリシャ人知識人層を主な担い手となった。1539年に着工、1573年竣工。1797年にナポレオンによってヴェネツィア共和国が解体された際には、教会の所有物がナポレオン軍によって没収されるなどの被害を受けたが、正教徒のコミュニティが消滅するまでには至らなかった。

サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂(Basilica of Saint Paul Outside the Walls)

歴史 コンスタンティヌス1世により聖パウロの墓を祀る聖堂としてつくられたもの。386年、テオドシウス1世によって大規模に建設される。最も古い記録は、コンスタンティヌス1世時の4世紀初頭の小さなメモリアであり、「殉教者たる使徒パウロ」という銘文が大理石版に記されている。1823年7月15日に火災で大部分を焼失するが、その後再建される。

旅順博物館(Lushun Museum)

日本との関係 2017年6月30日、龍谷大学世界仏教文化研究センターと、学術交流に関する友好協定を締結する。

ノルブリンカ(Norbulingka)

概要 園内には歴代のダライ・ラマがそれぞれの建物を建造した。ダライ・ラマ14世の住居として1954年に建てられた「タクテン・ポタン」は二階建ての豪奢な建物で、当時の家具やラジオ、レコードプレーヤーなどが残されている、他には、「チェンセル・ポタン」、「ツォキル・ポタン」、「ケルサン・ポタン」、13世紀の図書館、博物館、動物園などがある。

聖フランシスコ・ザビエル教会(Chapel of St. Francis Xavier)

概要 1928年に創建された。名称は日本初のキリスト教布教をしたフランシスコ・ザビエルに由来する。かつてはザビエルの右腕の骨などが納められていたが、現在は聖ヨゼフ修道院及び聖堂に移されている。

ヴィクトリア・ピーク(Victoria Peak)

歴史 戦後の香港でもヴィクトリア・ピーク付近は超高級住宅地となっているが、気候上あるいは健康上の理由ではなくヴィクトリア・ピークの高い社会的地位を求めて住まわれるようになっている。

桂林市基督教堂(Guilin Christian Church)

概要 桂林では、19世紀末から様々な宗派の宣教師が来て、色々な教会を設立していた。中華人民共和国の建国前は、桂林には聖公会4教会、バプテスト教会3教会、キリスト教同盟教会、ルーテル教会、自立教会、キリスト教集会、台東神学校を含む12のキリスト教教会が存在していた。中華人民共和国成立後、三自改革が実施され、「統一礼拝」が行われた後、教会は一つだけが残された。

鳴沙山(Singing Sand Dunes, Dunhuang)

鳴き砂の原因 砂が鳴くような音をたてる現象は、物理的には長い年月を経て、砂粒の表面がきわめてよく洗浄され、微粉状の物質が付着していないことであるといわれる。

大足石刻(Dazu Rock Carvings)

概要 大足石刻では、9世紀から13世紀頃までの大乗仏教の石仏が岩の壁に彫刻されている。ほとんどが仏教に関する石仏であるが、道教の神々の像も彫刻されている。

拙政園(Humble Administrator's Garden)

歴史 1509年より築かれた。

豫園(Yu Garden)

概要 龍は皇帝以外使ってはいけないとされる生き物であったが、皇帝が使用する龍は5本指に対し、龍壁の龍の指は三本指であり格下の龍とされる。

辛亥革命博物館(Xinhai Revolution Museum)

概要 武漢市は現在華中の中心になる大都市で、長江と漢江により分断された三地区があり、商業中心の漢口と工業区中心の漢陽に対して武昌は政府関係の部署が置かれている。

中国国際貿易センター第三期(China World Trade Center Tower III)

概要 北京の新たな都心である北京CBD内の、建国門外大街と東三環路の交差点に面する中国国際貿易センターに位置する。地上74階建て・地下4階建てで、エレベーター30基を数える。このビルは1985年から建設が進んできた国貿センターの第3期にあたり、2005年から建設され、2007年10月29日に地上330メートルまでの棟上が行われた。2009年初頭に竣工した。デザインはアメリカ合衆国のスキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリルによる。

パナマ・ホテル(Panama Hotel)

橋立湯 ホテルの地下で、1916年より運営されていた銭湯『橋立湯』は、シアトルの日系人達にとっては、何よりの心の拠り所だったとされている。

コメリカ・パーク(Comerica Park)

フィールドの特徴 タイガー・スタジアムからの伝統として、フェアグラウンド内の中堅フェンス手前にフラッグ・ポールが立っていたが、前述の通り左中間フェンスを手前に出したため、今はフェンスの奥にある。また、ホームプレートはタイガー・スタジアムで使用されていたものを引き続き使っている。

ロイヤル・ストリート(Royal Street, New Orleans)

概要 ロイヤル・ストリートには、予算に応じた多様なレベルのレストランも存在する。高級レストランで有名なのはブレナンズである。また、オムニ・ロイヤル・オーリンズ、ホテル・モンテレオンといった高級ホテルもある。ジャクソン・スクエアより下流方面では、住宅、地元住民の通う商店が多くなっている。

シカゴ現代美術館(Museum of Contemporary Art Chicago)

歴史 5500万ドルと見積もられる新館建設・移転費用に充てるため、1991年、理事会は3700万ドルを寄付した。そのうち、6人の理事が大口寄付者として計2000万ドルを拠出している。

フィラデルフィア市庁舎(Philadelphia City Hall)

ウィリアム・ペン像 市庁舎の頂点には11mのウィリアム・ペンの銅像が直立している。これは市庁舎の彫刻を手掛けたスコットランド出身の芸術家アレクサンダー・ミルン・カルダーによって作られたものである。この像は北東フィラデルフィアのタコニー製鉄所で鋳造され、1894年に塔の頂上に設置された。この像は建物の頂上にあるものとしては世界で最も高い。市は風化による劣化を軽減するためにおおよそ10年ごとに銅像を掃除することを義務付けている。像は中空で、その中には帽子に繋がる狭いトンネルがある。

ボストン科学博物館(Museum of Science, Boston)

概要 当博物館では、700を超えるインタラクティブな展示に加えて、建物全体で毎日多数のライブ・プレゼンテーションが行われている。また、チャールズ・ヘイデン・プラネタリウムや、ニューイングランドで唯一のドーム型のIMAXスクリーン・ムーガー多方向シアターで宇宙ショーも行われる。

サンディエゴ動物園(San Diego Zoo)

概要 1980年代に野生の個体が消滅したカリフォルニア・コンドルを飼育していることで知られており、増殖させた個体を野生に戻す試みに取り組んでいる。

フロリダ国際大学(Florida International University)

概要 キャンパス内にアメリカ国立気象局の国立ハリケーンセンターが所在する。

モアナ・サーフライダー・ウェスティン・リゾート&スパ(Moana Hotel)

歴史~シェラトン傘下に~ 第二次世界大戦終結後にハワイがアメリカの州となった1959年には、アメリカの世界的ホテルチェーンである「シェラトン」に買収された。

サハラ・ラスベガス(Sahara Las Vegas)

概要 1952年に完成した高級ホテル。2013年から2019年までは名称をSLS・ホテル、Wホテルに変更。2019年に元の名称に戻る。テーマはサハラ砂漠やエジプト。

ウォルト・ディズニー・ファミリー博物館(Walt Disney Family Museum)

概要 この博物館はウォルト・ディズニーの作品やウォルトの生涯、ディズニーランド、ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートやウォルトの家族構成などを鑑賞する博物館となっている。博物館内にはミッキーマウスやくまのプーさんなどのディズニーキャラクターやディズニープリンセスはいない。

ドジャー・スタジアム(Dodger Stadium)

概要 MLBのロサンゼルス・ドジャースのホーム球場。また、1962年から1965年までロサンゼルス・エンゼルスも本拠地にしていた。ロサンゼルス市の都心部から見て北側にあるチャベス渓谷の中に位置する。

ユニスフィア(Unisphere)

概要 1964年から1965年にかけて開催されたニューヨーク万国博覧会のテーマシンボルとして作られた。

ジェファーソン記念館(Jefferson Memorial)

概要 ワシントンD.C.中心部のナショナル・モール南側にあるタイダルベイスンの畔に1943年に建てられた記念館である。中には、1947年に完成したジェファーソンの銅像が置かれている。アメリカ合衆国国定記念建造物に指定されている。

玉陵(Tamaudum)

概要 玉陵は中室、東室、西室の3つの建築物に分かれる。中室は葬儀の後、当時の琉球の葬制に基づき遺骸が骨になるまで放置し、数年後に骨を取り出して洗骨した。洗骨した後に遺骨を骨壺に収め、王及びその妃の骨は東室に納められ、他の王族は西室に納められた。建造物の外は外庭、中庭に石壁で仕切られ、中庭には珊瑚の破片が敷き詰められている。

筥崎宮(Hakozaki Shrine)

歴史 元寇の際に亀山上皇が敵国降伏を祈願し、このときの御宸筆は安土桃山時代に模写されて神門に「敵國降伏」の扁額として掲げられた。以来、海上交通・海外防護の神として信仰されている。

世界平和記念聖堂(Assumption of Mary Cathedral, Hiroshima)

概要 ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が1981年2月25日に広島を訪れた際に、この聖堂にも立ち寄っている。それにより、世界平和記念聖堂は日本国内でローマ教皇訪問の栄誉を受けた数少ないカテドラルともなった。

名古屋テレビ塔(Nagoya TV Tower)

概要 1954年6月19日竣工。翌20日に開業し、電波の発射を開始した。設計者は内藤多仲。名駅地区を中心に超高層ビルが乱立する中でも、通称「名古屋のテレビ塔」「栄のテレビ塔」また単に「テレビ塔」とも呼ばれ、名古屋市中心部のシンボルとして親しまれている。

御堂筋グランタワー(Midousuji Grantower)

概要 1994年に竣工したオフィスビルである。名称は当初「セイコー大阪ビル」であったが、その後「エプソン大阪ビル」に変わった。

法観寺(Yasaka Pagoda)

歴史 戦国時代には、地方から上洛した大名が八坂の塔に定紋入りの旗を掲げることによって、誰が新しい支配者・天下人になったかを世人に知らせたという。また、大島光義が豊臣秀次の命でこの塔の窓に矢を十本射込んで見せたという。

伊勢山皇大神宮(Iseyama Kotai Jingu Shrine)

歴史~伊勢山離宮~ 明治天皇は、海軍の視察や根岸競馬場の天覧競馬などの理由により、頻繁に横浜へ行幸をしていた。そのため、1875年に行幸の際に御座所となるべく、伊勢山皇大神宮に隣接して二階建ての洋館である横浜御用邸・伊勢山離宮が建設される。

葛西臨海水族園(Tokyo Sea Life Park)

概要 開園当初は日本で最も人気のある水族館で、開園初年度の年間入場者数355万人は、当時の日本記録を大きく超えた。

彩の国さいたま芸術劇場(Sai-no-Kuni Saitama Arts Theater)

概要~施設の特徴~ 大ホールと音楽ホールの音響設計は、ヤマハが担当。ホールを含む全ての施設が貸館可能である。また、155台収容の駐車場を併設している。

バーミンガム植物園(Birmingham Botanical Gardens, England)

構成 全体としてバーミンガム植物園は15エーカーの美しく手入れされた緑の草木の整えられたヴィクトリア朝の都市公園の様相を呈している。園内には、熱帯、亜熱帯、地中海、乾燥帯の4つの主要な温室のほか、高山館やチョウ館もある。

アルバート・ドック(Albert Dock)

概要 長方形の船溜まりの周りに5棟の倉庫と事務棟、ポンプ場が配置されている。倉庫と事務棟はイギリス指定建造物1級、ポンプ場は2級に指定されている。