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唐招提寺(Toshodai-ji)

歴史~鑑真の渡日と戒律の伝来~
鑑真の渡日については、淡海三船撰の『唐大和上東征伝』が根本史料となっている。唐招提寺の歴史については同書のほか、『招提寺建立縁起』、江戸時代のものであるが1701年義澄撰の『招提千歳伝記』などの史料がある。『建立縁起』は835年に鑑真の孫弟子にあたる豊安が記した『招提寺流記』が原本であるが、この原本はすでに失われ抄出したものが『諸寺縁起集』に収録されている。

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