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極東博物館(Museums of the Far East)

歴史
植民地政策に熱心だったレオポルド2世は、植民地獲得の気運を高めるため、アジア・アフリカに関する屋外民俗博物館の建設を思いつき、パリ万博の「世界旅行パノラマ」で見た五重塔の移築を計画する。それらを手掛けたフランス人建築家、アレクサンドル・マルセルから五重塔の設計図を1901年に購入し、1904年に完成、翌年公開した。扉や外壁など一部の装飾を横浜の職人に造らせてはいるが、建物自体はマルセルの設計図に基づき、西洋人の手で建設されているため、独特な和洋折衷の建物になっている。

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