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慈照寺(Ginkaku-ji)

歴史
室町幕府8代将軍足利義政は1473年に子の足利義尚に将軍職を譲り、1482年から東山の月待山麓に東山山荘の造営を始めた。この地は、応仁の乱で焼亡した浄土寺のあったところであり、近代以降も左京区浄土寺の地名が残っている。義政が山荘造営を思い立った1465年は、実際の造営地の約1キロメートル南、南禅寺子院の一つであった恵雲院の所在地を考えていたが、応仁の乱後に変更された。

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